プロトタイプはファレノプシスの夢を見るか



「ただいま」
 自分の帰宅を知られたくないのだが、日常の習慣とは中々抜けないもので、ハーケンはそう言いながら自宅の玄関をそっと押し開けた。
今日は母親が居ないといい・・・、そう密かに願っていたがその願いも空しく母親はおかえりなさい、とハーケンを出迎える。
「今日は遅かったのね、ハーケン」
「・・・うん、ちょっと寄り道してきたから」
 これは本当。嘘をつくときは真実を織り交ぜながら話すとばれない、と言ったのは母親である。
当の本人に通用するかどうかは甚だ以て怪しいのだが、自らの薄汚れた姿についての理由は絶対に話したくなかったので、
母親が騙されてくれるか、詳しい事を聞かないでくれるか半ば以上祈るような気持ちでハーケンは母親―――レモンを見上げた。
「そう、随分はしゃいだのね? おでこ擦りむいてるわよ?」
「・・・・・・っ! 大丈夫! ちょっとぶつけただけ!」
 必死に誤魔化そうとしていたが、ふわりと額に触れた唇の感触にハーケンの思考は全て吹き飛ぶ。
「・・・・・・か、母さんっ!」
「お風呂もう沸いてるから、今日は先に入ってらっしゃい」
 何も聞かずにぽん、と背中を押して脱衣所に送り出してくれるレモンに安堵しながらも、ハーケンは嘘をついている自分が居たたまれなくて仕方が無かった。
でも・・・理由は絶対に話してはいけないんだ。
原因が、当の母親であると知ったら母さんは口では言わなくても、とても寂しそうな瞳をするから。
とぼとぼと、脱衣所に向かうハーケン。
「・・・・・・嘘をつきたくないのなら、もっと自分を鍛えるんだな。ハーケン」
「・・・・・・っ! と、父さん!」
 不意に声をかけられた事よりも、父親の話した内容にハーケンはぎょっとする。
「どうして? どうしておれが嘘をついているって言うの?」
 せっかく母さんを(多分騙せていないだろうけど)やり過ごせたのに、父さんもいるだなんて今日なんてツイてないんだ。
「・・・という事は、嘘をついているんだな?」
「・・・・・・! 母さんには言わないで!!」
「静かに。お前の声でレモンに気づかれるぞ?」
「っ!」
 どうやら咎める訳ではないらしい事にほっとしながらも、なぜ父親―――アクセルはおれに声をかけたのだろう?
「お前が嘘をつくのは決まってレモンの事ばかりだからな。・・・・・・大方、アイツの出生や仕事を馬鹿にされたからだろう?」
 ずばりと真実を突かれて、ハーケンは勢いよくアクセルの方へと身体を向ける。
「当りか」
「・・・・・・・・・」
 自分の両親は揃いも揃って人の心を読む事に長けすぎていて、ハーケンとしてはひと時も落ち着く時がない。
でも、それでもハーケンはこの両親が大好きだし、この2人の子供に生まれて誰よりも幸せだと思っているので、両親(アクセルは自分の事はそうでもないと思っている節もあるが)
の事を揶揄する人間を黙って見過ごす事などできる訳がなかった。

 ニセモノの人間、ニセモノが人間を模したモノを作ろうだなんて馬鹿げた事をしている。
そう、母親の存在全てを否定していたのが、たとえ自分より10歳以上年上とおぼしき輩であろうとハーケンは怯まなかった。
・・・・・・という、経緯からの現在である。

「・・・・・・で? 勿論そんな馬鹿共には負けていないんだろうな?」
「あ、当たり前! だろ! 母さんをばかにするヤツらなんかに。おれは負けない!」
 その言を聞いたアクセルはにやり、と人の悪い笑みを浮かべて「当然だな」とハーケンの頭を撫でてくれる。
その手つきは不器用ながらもハーケンを労わるもので。自分の行動が間違っていなかったと言ってくれている気がして嬉しかった。
「だが、怪我して帰ってきてレモンを心配させるのは問題だな」
「う・・・・・・それは、悪い、と思ってる・・・けど・・・」
 この父親が褒めるだけで終わる訳が無いとは分かっていたが、案の定怪我の事を指摘されて少し前までの嬉しさがしおれていく。
「お前が怪我をするのも、レモンを揶揄されるのもおれは本意ではないしな。これからはおれが鍛えてやる。・・・ついて来るか?」
「・・・・・・え?」
「なんだ? おれが直接お前に護身術を教えるのは嫌か?」
「う、ううん! とう、さっ・・・ありがと・・・っ、ごめ、なさっ! おれ・・・・・・」
 思いがけないアクセルの言葉に一瞬何を言われているか分からなかったけど、理解した瞬間、色々と我慢していたものの堰が溢れそうになり、
それと同時に涙も溢れそうになって、慌ててハーケンは服を脱いで浴室に向かった。浴室へ半ば逃げ込む時に
「よくやった、ハーケン」
 再度優しく頭を撫でられた事で、ハーケンはしばらく浴室から出てくる事が出来なくなった。




*****




「有難う、アクセル」
 影から様子を窺っていたレモンは、ハーケンが浴室に消えるとアクセルに感謝の言葉をかけた。
「感謝される事をした覚えはないが?」
 レモンの言葉にアクセルは反応を返すが、その言葉の端々が普段以上に淡々としているのは若干憮然としているせいか。
「おれだってお前を揶揄されたら、ハーケンと同じ事をする。・・・まあ、おれはハーケン程甘くないから、相手の命も保障できんがな」
「・・・・・・まあ。私、旦那さまが殺人犯なんて嫌よ?」
「おれがそんなヘマをするか。・・・・・・後、おれだってあの子がこれ以上怪我をするのも、お前に嘘をついて傷ついてるのを見たくはない、これがな」
「ふふ。私みたいなニセモノに、こんな素敵な子供と旦那さまがいるって素敵ね」
「レモン」
「ニセモノって言うな、でしょう?」
「・・・・・・分かっているなら言わなくていい」
 更に憮然とした声になるのが、可笑しくてたまらない。
 そしてそれ以上にこんなにも『レモン』という存在を大事に思ってくれている事が、何よりも喜びを感じえない。

 感謝と、喜びと、愛情と。
全てが伝わればいいと願いつつ、レモンはアクセルの胸に自らの身体を預けた。





アクレモが幸せな世界はどこですか・・・_:(´?`」 ∠):_
2014/04up