左近と三成



「―――左近。禄も恩賞も不要とは言うが、何か他に望むものはないのか?」
 天下の行く末を決めたあの戦から数ヶ月。ようやく民の暮らしも落ち着きつつある中、 左近の主である殿―――石田三成は唐突にそんな事を言い出した。

 ―――ちなみに、その話は戦後の帰還中に左近は断った話である。
己には禄も恩賞も不要。同士と言って下さるそのお心だけで十分です、と。
「殿、そのお話は以前にもお断りしたはずですがねぇ・・・・・・」
「わかっている。わかってはいる・・・・・・が! それでは他の将達にも示しがつかぬのだ」
 殿のかたくなな態度に左近はおやと思う。
生来この主は融通は利かないし、頑固な面を多く持ってはいるが、暗愚ではない。むし ろ明晰である、と断言できる方である。

 これは誰かに入れ知恵されたな・・・・・・。

 つい、と外に意識を向ければ、慌てて気配を殺した人物が一人二人・・・三人か。必死な 殿は外の気配に全く気づいていない。

 やれやれ・・・・・・人に乗せられて、てのは性に合わないんですがね。

「・・・・・・そうですねぇ・・・・・・欲しい"物"はないですが、欲しい"人"ならいるんですが」
「そうか! 必要な人物か! すぐにその者の所へ行ってこよう! ・・・・・・で、その者 とは誰なんだ?」
 先程の必死さはどこへやら。嬉々として己に尋ねてくる殿に、内心の企みなどおくび にも出さずに、左近は殿の腕を取った。
「では、殿を左近に下さいますか?」
「? 左近、それはそれはどういう――」
 言葉の真意を読み取れていない殿を、そのまま強引に自らの腕の中に引き寄せた。
「――全てを下さいますか?」
耳元でそう囁く。
ようやく意味を理解した殿は、そのまま石像のように固まってしまう。
「そ・・・・・・れは・・・・・・」
「・・・・・・殿」
 耳元から口元まで掠めるようにして口をそっと寄せる。殿は相変わらず固まったまま で、目も見開いたままであったが、嫌がる素振りは一切なかった。

 
「さて・・・・・・と。外の皆様方。これ以上は、できればご遠慮していただきたいんですが ねぇ」
 急に外に向けて放った左近のその言葉に、殿は一気に何事かに気が付いたらしく、慌 てて外に駆け出した。
「か・・・・・・兼続っ! 慶次!! ああっ、幸村お前までもか!? 俺を謀ったな!!」
 珍しくも顔を真っ赤に染めて三人を追いかける殿の手にはしっかりと志那都神扇が握 られている。本気で屠る気満々である。

「・・・・・・ちょっと惜しい事をしましたかねぇ?」
 口に出してそうは言ってみたものの、あまり後悔はしていない左近である。もちろん 、殿の全てが欲しいといったその言葉に嘘偽りはないが、誰かにそそのかれてなどでは なく、殿自らの意思で来て欲しいというのが本音だ。






「願わくば―――このままずっと左近を側に置いてくださいますよう。それこそが・・・・・
それだけが望みでございますよ」


 ―――何よりも左近が欲するもの。
そのささやかな願いはもう既に叶えられているのだから。





左近にはオカン的な感じで殿を見守っていただきたく。
殿に好きって言わせたい左近とか個人的にときめくのですが
2009/11up